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子どもとの死別!喪失感を克服できるのか? [メンタル]

“喪失感”を体験すると・・・

喪失感.jpg




当ブログを開設してから、天使パパ天使ママに限らず、多くの人々と交流を深めてきました。その中で必ずと言っていいほど出てくる言葉は“喪失感”



“喪失感”を「心に穴が開いた感じ」と表現することが多く、身体に出来た傷と同じで目に見えない傷跡は残ります。その心の穴(傷跡)を埋める為に多くの人が悩み、苦しみ、代わりになる何かを必死に探し続けます。



誰にでも大きい小さいはあるにせよ、喪失感を味わったことのない人はいないでしょう。





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“喪失感”を埋める代わりのモノは・・・

例えば、失恋の喪失感を埋める場合、「新しい恋しかない!」と考える人もいますが、喪失感を埋める為にスタートした恋愛は長続きしません。



自分の傷付いた心を満たす恋愛なんて、本当の恋愛ではないような気がします。ただ自分を哀れみ、承認欲求を満たしたいだけ。



子どもとの死別も「子どもを失った悲しみは次の子どもで・・・」と考える人が多いですが、そんな簡単な問題ではありません。子どもの死は、これまでに経験したことがない喪失感に襲われ、もはや喪失感というより絶望感に近いです。



私もまさにそうで、子どもを失った苦しみを次の子どもで少しでも消したい、辛く苦しい時間を乗り越え、いつか愛娘の仏壇を家族で囲み、心から笑える日が来たら、全てが報われると思っていました。しかし、こればかりは結果論に過ぎず、同時に試すことが出来ないので、何が正しいのか分かりません。



また、仮に新しい命を授かったとしても、その命は別の命であり、愛娘の生まれ変わりではありません。愛娘を失った悲しみや苦しみという目に見えない重圧から解放されたい想いが作り上げた幻想に過ぎませんでした。



今の私が思うのは、心の穴を埋める代わりの何かを見つけるよりは、とことん傷付き孤独の時間を過ごすことの方が大切だと感じています。



よくある質問・・・

当ブログにも「いつかこの喪失感から抜け出せますか?」と質問が届きますが、答えはYESです。



喪失感から抜け出す方法には個人差があり、一概にどれが良いとかは言えません。しかし、時間が解決してくれるという考え方は個人的に好きではありません。



なぜなら、時間が解決してくれるという人は何度も同じ失敗を繰り返し、時間がというより誰かが解決してくれると思っているからです。



確かに一周忌を過ぎた頃から、気持ちに大きな変化が表れたのは事実ですが、根本的な問題は何ひとつ解決しませんでした。ですから、何かに依存し悲しみや苦しみから解放される方法ではなく、自分のチカラで心の穴を埋める方法を見つけて欲しいです。



“喪失感”から解放されるために・・・

喪失感から解放されるために手段を選ばない人がいますが、それだけは絶対にやめて欲しいと思っています。自分が楽になる為に誰かを傷付ける、または不幸にするのはあってはならないことだし、ずっと心の中に残り続けるでしょう。



その時は気持ちが楽になるかも知れませんが、人によっては子どもを失った苦しみと同じくらい心の傷跡を残すことになり兼ねません。



最後に好きな言葉のひとつを載せておきます。

自分の孤独の時間を
自分できっちりできないような人には
他人を愛する資格はないと思う。
一人で生きていくことができて初めて
人を抑圧することなく
愛せるんだと考えている。

- ピート・ハミル -











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こぶた天使

ブログを読ませていただきました。

13年前に私も無脳症で子供を死産しました。あの頃の記憶はほとんどありません。毎日第二子となる娘の誕生を心待ちに過ごし、産まれたと同時に亡くしました。

当時、頭の中がパニック?で冷静な判断も出来ず…今思えば後悔ばかりです。

娘の火葬は私の入院中に行われました。旦那も義母も火葬場に行っていません。義母の言うままに行動してしまった事に後悔してもしきれず…。

結局義母の言うままにとか、パニックだったとか…言い訳にすぎない。全部自分のせいだと分かっています。 謝っても許される事ではないのです。

ブログを見ていて素敵なお父様だなと思いコメントさせていただきました。

私も娘を第一に考えてあげられれば良かったです。ごめんなさい。
by こぶた天使 (2017-07-24 23:55) 

こうき

>こぶた天使さん、コメントありがとうございます!

私も頭の中がパニックだったので、お気持ちよく分かります。

全てが初めての体験で、時間が刻々と過ぎ去る中、厳しい選択を迫られました。心が折れそうにもなりました。

でも、必死にお腹の中で守ってくれた妻、妊娠中支えてくれた家族、そして、目の前で必死に頑張っている愛娘を見たら、自分のことまで考える余裕はありませんでした。

一見冷静に見えても、ずっと私を見ていた兄達には見透かされていたと思います。

だから、色々と助言をしてくれたと思いますが、その結果、失敗したこともありました。

今でも父親として、「もっと出来たのではないか?」と後悔することがあります。

だけど、こぶた天使さんが仰る通り、言い訳にすぎません。それなら、同じ後悔をしないように愛娘の死と共に生きる選択をしました。

まだ間に合うのではないですか?
何年経っても娘さんには変わりないです。

たまに空を見上げて思い出すことも、ひとつの供養ではないでしょうか。


by こうき (2017-07-25 11:07) 

こぶた天使

お早いお返事ありがとうございます。

私は両親が離婚していて、母親は近くにいなく。入院中は旦那の実家に上の子を預かっていました。

また、私にも兄弟はいるのですが、まだ幼く相談出来る相手が誰もいない状態でした。
私は義母、旦那、娘の事を優先しすぎて自分の意見は何も言えなかったので…。もっと自分を強く持てば良かった。

次女との生活は妊婦の間だけでしたが、とても沢山の事を学ばせてもらったと思っています。

子供の誕生は奇跡であり、健康で元気な事は当たり前ではない。とても有り難い事で幸せな事だと。

読んでいて共感する部分が沢山ありました。お話を聞いて下さり有り難うございます。



by こぶた天使 (2017-07-25 12:56) 

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