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天使パパのブログ!管理人こうきが選ぶ記事第1位は、『未明の救急搬送!』 [人気記事]

この記事もそこそこPV数がありましたが、ランキング外でした。
個人的には、一番思い入れが強い記事です!

未明の救急搬送!



私たち家族にとっても・・・

私自身にとっても・・・

最愛の娘にとっても・・・



人生最大の試練を迎えた日ではないでしょうか?
私にとっては、一生忘れることのできない特別な日です。



妊娠をしてからの10ヶ月、お腹の中で娘を守り続けた妻。
私はそんな妻のサポートしか出来ませんでした・・・。



だけど、この日からは違いました。
娘と妻は引き離され、生まれたばかりの我が子は、
札幌市内の病院へ搬送されることになったのです・・・。



入院先の病院から一歩も動くことが出来ない妻・・・。
娘の命は時間との闘いです・・・。



娘を助ける為に、急な選択をしなければならない時が必ず来る。
妻や家族に相談する時間さえ、私に与えてくれないかも知れない。
娘の命と家族の未来が、私にのしかかった瞬間でした・・・。



俺がしっかりしないと・・・

俺しか、俺しかいないんだ!



私ひとりの決断で、娘の命も家族の未来も変わってしまうと考えたら、
その責任の重さに押し潰されそうになった・・・。
その頃の私は、父親としてもひとりの人間としても、まだまだ未熟だった。



でも、自分の力で呼吸が出来ず、
手動式人工呼吸器で生かされている娘を見た時、
今までの不安や恐怖が一瞬で消えた。



『娘はまだ生きている!』



しかし、同時に医師に対して憤りを覚えた。
生まれたばかりの娘は、医師の右手ひとつで生かされている。
何だか、娘の命が雑に扱われている気分だった・・・。



娘の現状を説明しながら、右手を動かす医師。
私が質問をすると、僅かだが医師の右手が止まる・・・。
そこが気になって、質問の答えもまともに頭に入らなかった。



『右手はちゃんと動かせよ!』



と、何度言いかけたことか・・・。

何より、我々は最善を尽くした・・・

この病院では、もう何もできない・・・



そんな医師のやりきった感に、私は複雑な気持ちだった。
そもそも、娘を瀕死の状態に追いやったのは、
紛れもなく、この病院の医師たちなのだから・・・。



妻も大量の出血で命の危険にさらされていた。
そんな状況だったこともあり、娘の現状を妻は知らなかった。



ただ、朦朧とした意識の中でも、
娘の産声が聞こえなかったことに不安を抱いていた。
さすが、娘の母親だ・・・。



娘の命が危ないこと・・・

娘を命懸けで産んでくれた妻・・・

その一方で私は娘に対して、今まで何か出来ただろうか・・・



ホント、男って無力なんだな、と心底感じた瞬間だった。
だから、娘が産まれ天使になるまでの5日間は、
命懸けで家族を守ろうと思った・・・。



続く・・・



p.s.
昨日はひな祭りでしたね!
私も娘にケーキを買いに行って来ましたが、
楽しそうにケーキを選ぶ子どもを見て、少し寂しい気持ちになりました。
何年経っても、同じくらいの歳の子を見たら、辛いかも知れませんね。
特に昨日のような特別な日は・・・。

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『神様なんかいない!』救急車を見るたび、「あの日」を思い出す。 [人気記事]

前回の続きです・・・

未明の救急搬送!



私は娘が生まれた「あの日」まで、
無茶さえしなければ、子どもは無事に生まれると思っていた。



元気で健康な赤ちゃんを産むために、
妻は食べたい物を我慢し、母体に良いことは積極的に取り入れた。



出産予定日前の定期健診で、血圧が少し高く、
妊娠中毒症の恐れがあったので、念のため管理入院もした。



妊娠中の10ヶ月、タバコやお酒を摂取するどころか、
匂いのする場所にさえ近づかない徹底ぶりだった。



『でも、娘は重度の新生児仮死で生まれてしまった・・・。』



だけど、私は信じていた。
きっと、亡くなった母が「まだ早いよ!」って、娘を追い返してくれる。



人の幸せは平等だから、
私の運と幸せは、娘を助けるために残していたんだと・・・。



『娘が札幌の病院に搬送されるのは、助かるために行くんだ!』



私が不安な顔をしたら、妻はもっと不安になる・・・

暗い顔をするのはやめよう・・・

元気になった娘を連れて、妻の元へ帰ろう・・・



そう心に決めて、妻に会いに行った。
ナースステーションの前に、ストレッチャーに乗せられたままの妻がいた。



私を発見した妻は、一瞬、安堵の表情を浮かべたが、
私の顔を見て娘のことを悟ったようだった・・・。



ついさっきまで、
大量の出血で命の危険性があった妻が、私の腕を掴んで言った。



『私のことは気にしないで、赤ちゃんのことをお願い!』



まだ力が入らない手で、必死に私の腕を掴んでいた。
掴むのもやっとの握力で、少し妻の手は震えているようだった・・・。



僅かな時間だったが、
娘に対する妻への想いは、心が痛いほど私に伝わってきた。
あの時の妻の不安そうな顔と私の左腕の感触は、今でもはっきりと憶えている。



私はどうしても、娘を助けたかった・・・。

娘のことが大切だったという気持ちだけではない・・・。



きっと娘に何かあったら、妻は自分を必要以上に責め、
つぶれてしまうのではないか?と思った。



救急車が到着し、私も同乗しようと思ったが、
何かあった時に身動きが取れるように、自家用車で後ろをついて行った。



少しずつ離れていく救急車を見て、
娘が私たちからいなくなるような気がした・・・。



あの時、私は思った・・・。
『神様なんかいない!』



その気持ちは今でも変わらないし、
前を走る救急車を見ると、この時のことを思い出してしまう・・・。



続く・・・






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小保方晴子氏の「あの日」「あの日」という言葉を聞いて真っ先に感じた想い・・・。 [出産]

誤解を招く恐れがあるので、予めお伝えしておきますが、
小保方晴子氏の手記「あの日」を読んだ感想ではありません。



小保方晴子氏が手記を出版し、各メディアが一斉に報道を行いました。
その報道を見て、真実は一体どこにあるんだろう?と思いました。



時間が経てば経つほど、人の感情や記憶は薄れ、
真実を明らかにしたいと思った頃には、すでに遅かったりします。



もし真実を追求しようとすれば、言った言わないの水掛論へと発展し、
真実を追求される側が、有利となるケースが多いです。



だからこそ、「鉄は熱いうちに打て」のように、少しでも早く、
追求される側が、言い訳のできない状況に追い込まなければなりません。



報道で、小保方晴子氏の手記「あの日」という言葉を目にした時、
まさに「あの日」を思い出しました。



私にとっての「あの日」とは、
『2011年10月27日です!』



娘が産まれた「あの日」病院からの電話で目が覚めました。
看護師『奥様の容態が変わったので、今すぐ病院に来ていただけますか?』



若干違和感はあったものの、私は妻の陣痛が始まり、
もうすぐ娘が産まれるという意味だと思っていました。



私は急ぎながらも、洗面所で顔に冷水をかけ、
鏡に映った自分に喝を入れました。
しかし、実際に病院へ行くと状況は全く違ったのです。



一瞬、私の頭の中は真っ白になりました。
こんな事態にならない為に、妻は入院をしていたはず・・・。



そして、1分1秒の時間を争うなら、
『さっきの看護師は何故?事情を説明しなかったんだ!』



と、病院の全ての対応に憤りを感じました。
結果として、看護師が電話で本当のことを言ったとしても、
私より後に医師が来たわけですから、手術が早く行われたわけではありません。



いずれにしても、娘の未来は変わらなかったのかも知れない・・・。
だけど、病院の対応に疑問を抱いた瞬間でした。



偶然、私の方が医師より早く病院に到着しましたが、
私の方が遅ければ、手術の同意書にサインをすることが出来ず、
手術が遅れることも予想出来たはず・・・。



私が急いでしまい、万が一、交通事故に遭う可能性を考慮したとしても、
「遭うかも」よりも、今の状況を最優先するべきです。



妻の手術中、色々なことを考えました。
卵巣茎捻転で、この病院に救急搬送で運ばれた時のこと。
あの時の手術は、本当に必要だったのか?



出産予定日が過ぎているにもかかわらず、
分娩監視装置などでチェックをされていなかったのはなぜだ?
もしかして、管理態勢に問題があったのでは?



担当医に分娩方法の確認をされた時も、
何の説明もなく、普通分娩での出産となった。



私は前回の手術で、妻のお腹に傷が付いてしまったことを申し訳なく思っていた。
だから、普通分娩での出産が可能であれば、そうしたかった。



医師と私たち3人で、今後の方針を話し合った時、
そのことは話さなかったが、普通分娩が可能であれば、そうしたいと伝えた。
医師は特別何も言わず、了承した。



私たちは医師の同意があったことで、
これがベストな選択だと油断してしまった・・・。



本来なら血圧が高く、管理入院をしていたのであれば、
もっと、分娩方法のメリット・デメリットを説明するべきだと思う。



振り返れば振り返るほど、
自分の愚かさと、医師や病院の対応を疑ってしまった・・・。



後日談となるが、
娘の葬儀が終わり、妻が病院での検査を受けていた時、
医師は妻にとんでもない発言をしたらしい・・・。



医師『お子さんは、元気に育っていますか?』



横にいた看護師が必死にフォローをしたらしいが、
その程度の医師だったと、妻は再認識したようだ。



その話を聞いた私は、やっぱりいつだって傷付くのは女性なんだな、と思った。
もし、その場に私がいたら、きっと怒鳴り散らしていただろう・・・。



そんな医師を信頼し、母子の命と私たちの未来を預けていたことを考えたら、
悔しくて眠れない時があった・・・。



『あの病院を選んだ、私の責任なのだから・・・。』



そんな甘かった自分が嫌で、娘のところに行きたいと考えることもあった。
『あの日に戻りたい、夢なら早く覚めて欲しい・・・。』



と、何度思ったことだろう。



「あの日」帝王切開を選択していれば・・・

「あの日」もっと医師が説明をしてくれたら・・・

「あの日」浮かれていなければ・・・



私には未来の希望はなく、後悔しか残っていなかった。
私は娘の命と未来を奪ってしまったのだから・・・。



きっと、東日本大震災で家族を失った被災者も、
「あの日」のことばかりを考え、後悔してる人がたくさんいると思う。



世の中で起きていることは、全て偶然ではなく、
必然的に起きていると考えるようになった。



「あの日」たった3文字だけど、スゴく重く深い言葉だと思う。
皆さん「あの日」と聞いて、何を思い出しますか?



p.s.
先日、親友宅の引越しを手伝いに行きました。
奥さんの実家にある荷物を少し運ぶと言うので、初めてお邪魔したのですが、
親友はご両親に大変可愛がってもらっているようで安心しました。
荷物を運んでいる途中、お父さんが『こんな人との繋がりが希薄な世の中で、
私たちは本当に仲がいいんですよ。素晴らしい事です!』と言っていました。
例え、結婚して家族が増えたとしても、何もしなければ信頼関係は構築できません。
お互いを思いやり家族を守っていこうという強い気持ちが無ければ、
相性が良くても信頼関係は生まれませんよね。
普段、腰が重い親友だけど、家族に対してはいい意味で腰が軽いらしいですね!
家族想いの良き夫のようです。






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子どもの死は夫婦(親 )だけの問題ではない。「個」で考えるのは崩壊へのカウントダウン! [悩み]

子どもを失う経験をすると、底なしの喪失感に襲われます・・・。



心に大きな傷ができてしまい、もう二度とこんな辛い経験をしたくない、
という思いから、心を閉ざしてしまう人も少なくないでしょう!



『私もその中のひとりでした・・・。』



自分の直面する問題や不安な気持ちを、素直に吐き出すことが出来ず、
ひとりで苦しむ日々を過ごしていました・・・。



もしも、身近に私のような人がいたら・・・、
もしも、その人があなたにとって大切な人だとしたら・・・



『あなたから、その人へ手を差し伸べてあげてください!』



私は、ずっと「孤独」でした・・・。
何をしても、私の心はそこにありませんでした・・・。



『でも、そんな私を見捨てず、手を差し伸べ続けてくれる仲間がいました。』



その人たちのお陰で、今の私はいます・・・。
閉ざされた心の扉も、少しずつ、少しずつ、開くことができました。



以前、聞いたことがあります。
私『何で?そこまで気にかけてくれたんですか?』



友人『実は、僕も同じ経験をしたことがあるんだ・・・。』
   『それに、こうきくんだからチカラになりたいと思ったんだ。』



素直に嬉しかったし、
彼らに何かあったときは、「チカラになりたい」と思いました。



特別、私はSOSを出していたつもりはないし、
助けてもらうつもりは、全くありませんでした。



彼ら自らが考え、
私に対して、動いてくれた。
ただ、それだけのことなんですよね!


そんな話をすると、負けじと、
『どうして言ってくれなかったの?』



と、言う人が現れます。
でも、私はつくづく思うんですよね・・・。
『どうして言ってくれなかったの?』



と、言う人には言いませんよ・・・。
なぜなら、子どもを失う経験をしていない人に話をしても、
理解をしてもらえるとは思っていないし、冒頭に書いた通りです。



私に言わせてもらえれば、最後まで諦めず、手を差し伸べてくれる人は、
『どうして言ってくれなかったの!』



とは言いません。
言ってくれないと分からない人は、話をしても分からない人だと思います。



分かってくれる人は、言葉より先に行動し、
すでに、あなたのチカラになってくれているはずです!



ひとりで苦しんでいる人には、
自分が話をしたことによって、否定されたらどうしょう・・・

共感されず面倒に思われたらどうしよう・・・

頭がおかしくなったと思われていたら・・・



大きな喪失感と、これ以上傷付きたくないという恐怖と闘っています。
大切な子どもを失う経験をしたことで、心は崩壊しボロボロなんです・・・。



そんな時に自分の気持ちを否定されたら、
その人との繋がりが面倒になり、関係が崩壊する可能性もあります。
子どもを失うことは、人生で最も辛く悲しいことです。



心に余裕がない時期は、
人との繋がりが面倒になったり・・・

他人に攻撃的な態度をとったり・・・

自分の未来や「死」について考えたり・・・



負のスパイラルに陥ることもあり、精神が不安定なはずです。
本当は大声で叫びたいときもあります。



悲しいよ・・・

寂しいよ・・・

苦しいよ・・・



誰か自分の声に気付いて欲しいと・・・。
でも、こんなときだからこそ気を付けてくださいね!



この時期はとても大切な時期でもあり、大変危険な時期でもあります。
ここぞとばかりに近づいてくる人たちがいます。



例えば、宗教法人。
私たちは引っかかりませんでしたが、人の弱みにつけこむ人たちは必ずいます。
これまで付き合いのあった友人たちの中にも、いないとは限りません・・・。



また、残された家族のことを何も考えず、遊びに連れ回す友人も危険です。
心配は心配なんでしょうけど、そういう人たちは、あまり深く考えていません。



でも、弱っている側は「救世主」だと思っているので、気が付けないんですよね。
「子どもの死」は、夫婦(親)だけの問題ではなく、家族の問題でもあります・・・。



一時的に気分転換が出来ても、
本質を改善しようとする気持ちが無ければ、何も変わりません。



家族の問題を「個」のレベルで解決しようとしたら、
崩壊へのカウントダウンが、始まるかも知れませんよ・・・。



自分がどうしていいのか分からないときほど、
未来への決断はせず、慎重に行動をするべきです。



辛いときほど「グッと」堪えて、今の時間と「とことん」向き合う気持ちが必要です。
そのときは苦痛かも知れませんが、その時間は必ず、実となり花となります。



過去の記事を読んでいたら、「孤独」だった自分に対して、
『悪いことばかりじゃないぞ!』



と言いたくなったので、今回の記事にしてみました。
少しでも誰かの心に響くと嬉しいです・・・。