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愛娘の誕生日!いつもとは違う心境の変化とは? [メンタル]

先日、愛娘の4歳の誕生日でした。

『亡くなった子どもの歳を数えるな・・・。』



とは言いますが、生きていたら、どんな子どもだったのかな・・・。

と思うと、ついつい考えてしまいます。



私はずっとブログにも書いている通り、

『生きていても、亡くなっても、子どもへの愛情は変わりません。』



この先、愛娘の弟か妹が産まれたとしても、

『娘の代わりはいません。』



よく次の子どもを早く作れば?

まだ若いんだし、諦めるんじゃない?

などと言う人がいますが、全く何も分かっていません。



きっと、その人なりの優しさであったり、励ましの言葉なのは想像できますが、

逆に落ち込んでしまう一言ですね・・・。



今でこそ、私は聞き流す事ができるようになりましたが、

まだまだ聞き流せない人は、多いのではないでしょうか?



愛娘の誕生日当日、予約していたバースデーケーキを引取りに行く前に、

誕生日プレゼントを買いに行きました!



娘がお腹の中にいた頃、よく行っていた所です。

テナントにはアカチャンホンポやベビザラスがあることもあり、

子ども連れの家族や妊婦さんが多いんです・・・。



正直、あまり気は進みませんでしたが、私の気持ちなんてどうでもいい。

『何故なら、娘の誕生日ですからね!』



なんと言おうと、主役は愛娘!

何を買ってあげようと考えるものの、全くイメージが湧かず。



同じ歳くらいの女の子の動きを目で追い、リサーチしていると、

親と目が合い、気まずい雰囲気に・・・。



生きていれば欲しい物を聞けるのですが、それは無理な話・・・。

早ければ母親の真似をして、お化粧とかするんでしょうけど、

娘へのプレゼントとしては流石にどうなのかな・・・?



そんなことを考えながら、

ベビザラスを徘徊し、迷いに迷って買ったのがアンパンマンのおもちゃ・・・。



人形とか音の鳴る絵本とか色々買っているので、

少し違った物を買ってあげようと思ったのですが、ある友人に言ったら、

『女の子なのに?』



と軽いツッコミを入れられ、

『だってさ、友人の娘アンパンマン見てたよ~。』



と動揺しながら反論・・・。苦笑

しかし、買ったのには少し理由があるんです。

(その話は後日にお話します。)



買い物を終え店から出ると、小さな子どもたちが遊べるスペースがあります。

いつもその場所を通るのが辛かったのですが、先日は違いました。



自分の中で心境の変化があったのでしょう。

娘はもういない、泣いても悔やんでも帰って来ないという現実を、

『受け入れた結果だと思います。』



同じくらいの子どもを見ても、悲しい気持ちにはなりませんでした。

少しの間、ニンマリと小さい子どもを眺めていましたが、

感情は無に等しかったと思います・・・。



どんな心境の変化なのか?

何で無感情だったのか?

その意味は?



自分でも分かりません・・・。

ただひとつだけ言えるのは、

『そんな自分が怖くなりました。』



この時期、何もする気が起きないので、

何でもないとは思いますが、いつもとは違う心境の変化に少し戸惑っています。



p.s.
そんな何もする気が起きない時期に、私はどうやら喧嘩を売られたようです・・・。
さすがに憤りを感じましたが、そのままの感情のまま記事にすると、
言ってはいけないことまで言ってしまいそうなので、今、心に蓋をしています。
10月後半は愛娘のことだけを考えていたいので、11月最初の記事にする予定です!



バースディケーキ.JPG




子どもの死を経験した天使パパと天使ママ、子どもの死をどう乗り越えましたか? [メンタル]

先日、コメント欄のやりとりで宗教法人の話題になったので、今回、その件も含めブログ記事にしたいと思います。



子どもの死に限らず、心に大きな傷を負うと、いつもドキドキしている状態が続き、突然、妙な緊張感と不安に襲われることがあります。



その影響で食欲がなくなったり、眠れない人もいるのではないでしょうか?
子どもを亡くされた方は、軽度重度はあるにせよ、一度は経験していると思います。



これらの症状が重症化すると「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」が現れ、自然回復が難しいと言われています。



他の病気同様、早期の治療が望ましく病院での治療を推奨されていますが、早期であれば自然治癒によって回復することもあります。



子どもの死はただ苦痛なだけではなく、生き生きとした日常生活を送ることが出来なくなり、今後の人生に大きな影響を与える出来事です。



そんな大変な時期に巧みな話術で近づき、マインドコントロールで、心の隙間に入ろうとする人たちがいます。



その一例として、「宗教法人」と書きました。
理由は、娘を亡くして間もない時期に「ある宗教法人」から勧誘されたのです。



人との接触を避けたい私たちは丁重にお断りしましたが、娘の話題など、あらゆる手を使い気を引いてきます・・・。



『娘が亡くなったのは運命ではなく、何らかの力が働いたからではないか?』



一度でいいから、上の人に会って話を聞いて欲しいと言われたのです・・・。
正直、不快でした。



『まるで、私たちの普段の行いが悪いから娘は亡くなった。』



と言われた気分でした。
親しい知人だったので、複雑な気持ちになりました。



そんな過去の体験から「宗教法人」の印象が悪く、あのように書いたのですが、何かに依存することで、自分の気持ちが楽になるのであれば、ひとつの方法として、考えてもいいのかな?と思います。



娘が新生児仮死で生まれた時、私は新生児仮死という言葉ひとつ分からず、携帯で検索しました。



今まで分からなかったことが、携帯で検索をすれば簡単に出てくる世の中です。
故に何かあれば携帯を出してしまうのですが、これもひとつの依存なんですよね。



上記以外にも、タバコやアルコール、ギャンブル、恋愛など様々な依存がありますが、度を越えさえしなければ問題はないような気がします。



ただ私が一番怖いと思うのは、子どもの死を受け入れられず、何かに依存し過ぎてしまうことです。



過度の依存によって、辛いことを忘れられると言う人もいましたが、忘れると乗り越えるは全く別物です。



何かに依存している時はいいですが、その魔法が解けると、また悲しさが襲ってきます・・・。



その悲しさから解放される手段を知ってしまった人は、解放されるために、量や回数が徐々に増えていきます。



これがアルコールならアルコール依存症だったり、恋愛なら不倫へと発展することもあります・・・。



前回の記事に書いた「個」で解決しようとしたら、崩壊へのカウントダウンが始まるかも知れないとは、こういうことです。



私は娘の死と、とことん向き合いました。
娘の動画を毎日のように見ては、たくさん泣き、娘の仏壇に手を合わせました。



誰かが見ていたら、病気じゃないかと思われるくらい、娘、娘、娘でした。
妻にさえ、「どうしちゃったの?」と言われるほどでした・・・。



どんなに辛くても、私は娘の死から逃げようとは思いませんでした。
だからこそ、今の私がいます。



幼少期に母を亡くし、当時も辛く悲しい日々を過ごしましたが、子どもはお金も知恵もないですから、何かに依存しようとか、母のところへ行こうという発想にはなりませんでした。



ただ辛く悲しい毎日を、グッと堪えるしか出来ません。
でも、人として恥じない人生を歩んでいれば、必ずいつの日か、大切な家族の死を乗り越えられることを私は知っています。



私の父のように、母の死を受け入れられず「個」で考え行動した結果、私たち家族に見放されました。



『どんなに努力をしても、一度失ってしまった信用は元には戻りません。』



何かに依存して周囲が見えなくなっている時はいいんですが、時間が経ち、ふと我に返った時には本当の孤独が待っているかも知れません。



だから、私はこのブログで言い続けています。
『辛いかも知れないですが、子どもの死から逃げないでください。』



p.s.
これは、私個人の体験から学んだことなので、「そういう考え方もあるんだ・・・。」
くらいの感覚で読んでいただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!



天使パパのブログ!人気記事ランキング!はこちらをどうぞ。



人生に疲れたと思う30代はどんな人? [メンタル]

仕事で失敗したり失恋した時など、人生に疲れたと思うことありませんか?



幸せな結婚生活を夢見て結婚したものの、家事と育児で1日が終わり、自分の時間がないばかりか、旦那さんには「やって当たり前!」だと言われ、悶々としている主婦の方もいることでしょう。



社会人になったばかりの20代は、理想と現実のギャップを知り「こんなはずじゃなかった!」と頭を抱える人も少なくありません。



私は今現在30代なのですが、最近やる気を失っています。苦笑
記事のタイトルにある「人生に疲れたと思う30代はどんな人?」とは、ズバリ・・・



『今の私でしょうね!』



男性なら、仕事である程度の成果を収めていなければならない年代ですし、女性なら育児に追われ自由な時間が無いなど理由は様々。



さらに独身だと結婚へのプレッシャーを感じたり、既婚者でも子どもがいない人には、いない人なりの苦悩はあります。



私は子どもの頃から「温かい家庭を築くこと」が夢だと当ブログでも書いています。
その「温かい家庭」の中には、「子ども」の存在は必要不可欠だと考えており、今の現状としては実現出来ていません。(育児という面で。)



子どもがいなくても、幸せに暮らしている夫婦はたくさんいます。
でも、私にとって子どもは全てでした。



私が人生に疲れたと感じる理由が、皮肉にも自分の夢のせいだと気が付きました。
ですから、子どもの頃の夢をリセットすることにしました。



そのきっかけを作ってくれたのは、最近親しくしている友人です。
友人のさり気ない一言が、私の胸に突き刺さりました。



『結婚して子どもを産むことだけが幸せじゃない!』



当たり前と言えば当たり前なんですが、世の中の常識や周りの環境に支配され、「30代はこうなるべきだ!」と自分で決めつけた結果だと思います。



「人生に疲れた」と感じる人は、何も考えず、「心を休める時間」を作ってください。
仕事も家事も必要最小限にして、その場に立ち止まることも必要です。



「人生に疲れた」と感じている時は、ポジティブに考えることが難しい時期です。
夢を捨て新たな夢を見つけることができたら、気持ちが楽になりますよ。



30代は人生の転機を迎える年代でもあり、同年代と格差が広がる年代でもあります。
今の自分に満足していなければ不安に襲われることもあるかも知れませんが、周りの幸せが自分の幸せとは限りません。



幸せに見えている人だって、見えないところで悩んだり苦しんでいることもあります。
自分らしく生きるためにも、周りに流されず、自分の道を進むことが幸せになる第一歩なのかも知れませんね!



理想と現実のギャップの埋め方はあるのだろうか? [メンタル]

愛娘の影!

園児.jpg

天気の良い日は、近所の保育園の園児たちが公園で元気に遊んでいる姿を目にする。ふと、「もし娘が生きていたら、あの中にいたんだろうな~。」と考えることもしばしば。



目の前にいる園児が、娘の親友や婚約者になっていたかも知れないと思うと不思議な気持ちになる。5年前の私は、今のように公園の横を通った時「おとうさ~ん」と元気に手を振る娘の姿を思い描いていた。



『しかし、現実は違う・・・。』


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愛娘の命日を迎えて・・・ [メンタル]

あの日から、早5年・・・

今日は愛娘の命日。
あの日から、もう5年も経つんですね・・・。



昨年からモヤモヤしていた胸のつかえが取れて、自分らしさを取り戻し始めました。小さな子どもと遊べるようになったし、他人の妊娠・出産を心から喜べるようにもなりました。久々に会った友人に「憑いてたモノ取れたね~!」と言われるほど、雰囲気が穏やかになったそうです。



『しかし、それでもこの時期になると心がざわつきます。』



少し肌寒く懐かしい秋風の匂いが、当時の気持ちを蘇らせます。この秋風の匂いは、あの日の夜と同じ・・・。



愛娘のお通夜が終わり、深夜、兄とコンビニへ買い出しに行きました。その時に見た星空は、今にも降って来そうな満天の星空で、兄と少し空を見上げていました。



愛娘を亡くした悲しみと綺麗な星空に感動する相反した気持ちが入り混じり、何とも言えない複雑な心境だったのを憶えています。それからは、この季節になると当時のように夜空を見上げるようになりました。



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