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最近、欲張りな人が嫌いなのかも知れない。 [人間関係]

生命力の低下?

無気力.jpg




先日、ある友人に無気力で何もやる気が起きないと言ったら、「えっ!(;☉_☉)」と驚かれました。私が無気力だと思った理由は、「なんかめんどくさいな・・・」と感じる時間が増えたからです。



時間があればフットサルに行くし、飲み会に誘われたら参加しますが、自分主導で何かをする気持ちになれません。



春になってポカポカ陽気になれば、また気持ちに変化が表れると思いますが、明らかに私自身の生命力が低下しているような気がします。


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子宝神社で有名な西野神社へ!6年ぶりの訪問、ご利益は? [人間関係]

6年ぶりの西野神社へ!

拝殿

西野神社拝殿.JPG




一昨日、約6年ぶりに西野神社へ行って来ました!当時の初々しい気持ちが蘇り、汚れた心が浄化されたような気がします。笑



『今回訪れた理由は、安産お守りを買うためです!』



鳥居

西野神社鳥居.JPG




6年前と同じく第3駐車場に車を停めて、鳥居から入りました。木々に囲まれた参道を歩くと左手に手水舎が現れます。手水舎で両手を清め、口をすすぎました。これには、心(魂)を清めるという意味があるそうです。



手水舎

西野神社手水舎.JPG




※続きはページ下部で・・・


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空気が読めない?驚く女性同士の会話。そんな人への神対応! [人間関係]

空気を読む力!

学校、職場、社会に出ると人間関係に悩まされるときがあります。人間関係を構築する方法として、年下なら可愛がられたり、年上なら尊敬されるような振舞いが必要となってきます。



その為には空気を読むことが必要不可欠で、どんなコミュニティでも活かされるスキルのひとつなので、鍛えて損はありません。



『好感を持たれないよりは、持たれた方が得なことが多いですからね・・・。』



「空気を読む」と言ったら少し曖昧なところがありますが、言い換えれば、観察力を高めるということです。例えば、微妙な表情の変化や声のトーン、会話の間ひとつで「相手が自分の話に興味があるか?」それとも「不快に感じているのか?」ある程度は予測できると思います。



空気を読める人は、生まれ持った才能(育った環境)が大きく影響しますが、選り好みをせず多くの人と繋がったり、自分を高めてくれそうな場に行くことで、ある程度は養えます。例外もありますが、何でも体験することが大切なのかも知れません。


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子どもとの触れ合いで、僅かな希望の光が見えた? [人間関係]

前回の続きです・・・



昨年のクリスマス、親友家族とクリスマスパーティをしました!



12月はちょっとした用事があったので、
クリスマス前にも、度々親友宅に行く機会があったのですが・・・、
男性が苦手なのか、親友の子どもが泣くんです!



親友 『お前、眉毛ないからだ!』



と私のことを馬鹿にしてきますが、
そろそろ慣れても良いと思うのですが・・・。
ちなみに、少し薄いだけで眉毛はあります。苦笑



きっと、彼女(娘)の中でも、
娘 『最近来る人だ~、見たことある~!』



でも・・・、
娘 『誰か分からないから何か嫌だな~。』



一見、目をつぶって泣いているように見えるんですが、
よく見ると、薄目を開けて私を見ています。
その顔は可愛いんですが、とても嘘っぽい・・・。



よく親友に嘘をつかれて騙されることが多いのですが、
その時のずるい顔をしているんです・・・。



もう私は空気になるしかないと思い、
少し離れた所でおとなしくしていると・・・、



コロコロ~♪(ボールが転がる音!)



私の足下に野球ボールくらいの大きさの玉が転がってきました!
その先を見ると・・・、



ひまわり.JPG




『私は試されています・・・。笑』



勇気を振り絞って、玉を転がしてみると・・・、
ニコニコしながら、拾ってくれました!



何回か玉を転がして遊んでいると、まさかの猫乱入!
そこで呆気なくボール遊びが終了・・・。



しかし、子どもに対してモヤモヤしていた気持ちが吹っ切れ、
驚くくらい、楽になりました。



『全く予想すらしていなかった心境の変化です!』



自分の中でずっと思っていたことがあって、
娘の弟か妹に出会えるまでは、誰の子どもも抱きたくない。



必要以上に仲良くなりすぎると、いつか抱くことになるのではないか?
と思ってしまい、少し距離を置いていました・・・。



自分の子どもを一番最初に抱いてあげたい気持ちと、
娘との約束を実現させる為に、意識し過ぎた結果ですね・・・。
私は子どもから逃げていました。



今年の初詣に引いたおみくじに、
過ぎたくり言、とり越し苦労は心を痛めるだけで、
何の役にも立たない愚かなことだと書いてありました。



確かに過去を悔やんだり、まだ分からない先のことばかりを考えて、
今という時間を楽しめないのは勿体無いですよね・・・。
でも、こんな風に考えられるのは、間違いなく今の自分だからです。



子どもを失った時から思っていましたが、
やはり希望の光を与えてくれたのは、小さな子ども(赤ちゃん)でした・・・。



p.s.
先日、札幌琴似で新年会をしました。
メンバーは娘を失ってから心の支えになってくれたサッカーの先輩たちです。
チームの新年会は再来週の予定ですが、一足早くの開催でした。
今までは話を聞いてもらったり、慰められることが多かったので、
楽しむというよりは、元気をもらっていた感じです。
そんな私が今では立ち直り笑えるようになりました。
娘が亡くなってから失った友人もいましたが、
逆に先輩たちのような人と出会えたことに喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。
娘を失っていなかったら、この人たちの温かさに気が付けなかったかも知れません。
子どもを失うことは辛く悲しいことですが、悪いことばかりではありません。
今まで見えなかったモノが見えるようになっているはずです。
まだ気持ちの面で割り切れないところもあるかも知れませんが、
そういうところは素直に良かったと思えないといけませんね・・・。



子ども好きな男性だと思われているけど、実は子どもが苦手な天使パパ! [人間関係]

記事タイトルを見て驚いた方もいると思います!
『実は私・・・、子どもが苦手です!』





と言っても、娘を失ってからのお話ですけどね・・・。
私は昔から初対面の子どもに好かれたり、動物に懐つかれました。



しかし、娘を失ってからは、子どもにも動物にも警戒されます。
その理由は、私の心や頭の中が読めないから警戒してしまうのでしょうね・・・。



付き合いの浅い友人には、何を考えているか分からないと言われ、
親しい友人には、目が死んでいると言われます。苦笑
(今はだいぶ言われなくなりましたけど・・・。)



でも、それは仕方ありません。
『なぜなら、心を閉ざしていたわけですから・・・。』



小さい子どもを見ると無になったり、固まってしまうんです!
自分の娘を抱いてあげることすらできなかったのに、人の子を抱いたり、
あやす心の余裕なんて、私にはありませんでした・・・。



『今思えば、私は子どもから逃げていたのかも知れません。』



サッカーのチーム練習に行っても、子どもを連れて来る人がいます。
正直、見るのも繋がりを持つことさえも面倒に感じていました。



親と仲良くなれば必然的に近くに子どもが来てしまう・・・。
自分の気持ちに嘘を付けない自分が嫌でした・・・。



だから、子どものいない場所で空き時間を利用しては、
自主練をしたりして自然を装っていました。



唯一の息抜きだったサッカーが、時にはストレスに感じることもありました。
それではダメとだと分かっていても、人の幸せな姿を見るのが苦痛でした。
『そんな自分が嫌いで、そんな小さい自分が悲く思えました・・・。』



でも、変わらなければいけないことは誰よりも分かっていました。
そんなある日、ひとつの希望の光が舞い込んできたのです。



続く・・・



p.s.
病院の帰り道、兄が家に遊びに来ました。
そんな兄が変なことを言うのです・・・。
兄『俺よ、癌の手術をしてから変なんだ・・・。』
私『変って?』
兄『家にいると視界に入るんだよ・・・。』
どうやら、兄も見えてはいけないモノが
見えるようになったようです・・・。



子どもの死を経験して感じていたこと。天使パパのブログ! [人間関係]

今月の31日、愛娘の命日です。

長いようで早かった4年間・・・。



ブログを開設したばかりの時は、この試練を乗り越える為には・・・

と語ることが多かったと思います。

『それじゃ、今はどうなんですか?』



と聞かれたら、何て答えて良いか分かりません。

当時を振り返ると想像を絶する悲しみや苦しみ、

孤独感と突然襲って来る恐怖感から逃げ出したいと思うことがありました。



ただただ毎日が苦痛で、何をしても、

『何で娘を救えなかったのだろう・・・。』



と後悔が頭から離れることはありませんでした。

時間が経ち少しだけ笑顔になれる瞬間があっても、

気が付いたら真顔になっていたり、心の休まる場所は娘の仏壇の前だけでした。



行き場のない苦しみを誰かにぶつけてはいけないと思い、

人との距離を置こうと思っていました・・・。



そんな中、興味本位で娘に何があったのか?探る人だったり、

例え兄弟でも、妻や娘を侮辱するようなことがあったら、

私は全力で反論しました。

『人生で一番、兄弟喧嘩が多い4年だったと思います。』



もしかしたら、私は妻や娘を守っていたのと同時に、

やり場のない感情もぶつけていたのかも知れませんね・・・。



兄は厳しい言葉を言い放ちながらも、私のそういう気持ちを受け止めてくれました。

私は優しい言葉だけが、優しさではないと思っています。



特に家族は厳しい一言を言っても、

後々フォローが出来るからこそ、時には厳しいことを言って来ます。



兄に何度か言われました。

『悲しみを人と比べるな!』



子どもを亡くしたお前らが一番辛いのは分かる。

でも、孫を亡くした義父母や姪を亡くした俺らだって、同じくらい悲しいんだぞ!

『全くその通りです!』



私は最初から悲しみを比べるつもりなどありませんでした。

特に家族以外の人には、

最初から理解してもらおうとも、理解出来るとは思っていません・・・。



だからこそ、友人たちには自分の気持ちに余裕が生まれ、

落ち着いた時に娘の報告をしようと思っていました・・・。



それでも一部の心ない人には、

私たちの気持ちを考慮せず、何があったのか詮索するような人もいました。

『私たちは、ただそっとしておいて欲しかっただけです。』



そして、私たちが思うような反応を示さなければ、一方的な言い訳をされ、

私たちがまるで八当たりをしているかのような状況に仕立てあげます・・・。



本当の優しさとは、自分の考えていることを相手にしてあげるのではなく、

相手が求めていることをしてあげることではないでしょうか?



本当はもう少し、当時のことを記事にする予定でしたが、

大変興味深いコメントをいただいたので、後日続きを書きたいと思います。



子どもを失って、より人の痛みを知る日々! [人間関係]

最近つくづく思う事があります。

どんなに明るく振舞っていても、

人には言いたくても言えない悩みを持っている人がたくさんいることを・・・。



娘を失ってから、より人の闇の部分に気が付くことが増えました。

抱えている闇にも寄りますが、そんな人を見つけてしまうと放っておけません・・・。



娘を失ってからの4年間、本当に色々な人に支えられました。

私は今、その優しさや有難さに感謝する日々を送っています・・・。



当時は分からないことでも、今だから気が付くことなど皆様にもありませんか?

だから、今度は自分が誰かを支える番だと考えています。



例え、私自身に辛く悲しいことがあって心に余裕がなかったとしても、

『私は人の痛みがわかる人でありたい!』





今から10年位前の話ですが、

ある友人が困っており、相談に乗ったことがありました。



私にとっては日常のことだったのですが、一緒にいた別の友人に、

『何か見返りを求めているの?』



と聞かれたことがあります。

正直、驚きました・・・。



考え方によっては、

何かの見返りの為にやっているのだと思われることを知った瞬間でした・・・。



それから少しの間、そういう人の痛みがわからない人の目線が怖く、

自分らしさを失っていた時期がありました。

当時の私は周りの目や自分への評価を気にしていたのでしょう・・・。



でも、娘を失ってから周りの目や評価は気にしなくなりました。

子どもを失うほどの恐怖は今までに感じたことがありません・・・。



案の定、

『何か見返りを求めているの?』



と聞いてきた友人には、

支えられるどころか、一方的な塩対応をされたくらいです・・・。



こういう時に人の本質が見えてきます。

『そんな人間には、私は絶対になりたくない!』



娘を失ってからの4年間は、自分にとって必要な人は誰なのか?

心から信頼してもいい人とは、どんな人なのか?

そこに気が付けたことは大きく思うし、貴重な財産となりました。



私が気にしていたことなど、ちっぽけなことです。

自分の評価は自分が作り上げる物ではなく、

結果的についてくれば良いと思うようになりました。



それから、心が軽くなり自分らしさを取り戻せたと思います。

子どもを失うと自分を失ったり、色々と気が付くことがあります。



でも、辛く悲しい思いをしたからといって、

誰かにぶつけたり、自分を傷つけることはしないで下さい。

誰よりも人の傷みを感じ、わかってあげられる人になって欲しいものです・・・。



誰かに精神的に(心が)病んでいる人だと思われていませんか? [人間関係]

ここ最近・・・、

『お前は病んでる!』

と仲の良い友人に言われる事があります。



確かに子どもを失うと精神的な面で不安定になる時期がありますが、

私はその時期を通り越し、前に進んでいるつもりでした・・・。



天使パパのブログ!を始めた頃は、

私もまだ精神的に不安定な時期だったと思います。

(過去記事を読んで思いました。)



だからと言って、

精神的に(心が)病んでいるとは失礼なお話ですよね・・・。苦笑



天使パパや天使ママの多くは、

ひとりで家に居るのが怖い・・・。

子どもに会いたい・・・。

理由は分からないけど不安・・・。



この気持ちは、子どもを失った人なら誰しもが感じる事でしょう。

特に私の場合は、天使パパのブログ!を始めた事により、

娘の事や子どもの死について考えない日は1日もありません。



友人が言うように見方によっては、私は病んでいるように見えます。
・子どもを亡くし夢を失った。

・ブログがネガティヴ。



幼少期からの夢であったり、最愛の娘の事を書いているわけですから、

必然的に暗くなると思うのですが、周りから見ると違うようですね・・・。



ブログを始めたばかりの時は、

自分の気持ちをストレートに書く事が多かったと思いますが、

今は気持ちに余裕が出来た事で客観的に考えて書けるようになりました。



自分自分だった頃と比べて、家族や友人、

当時の病院関係者などの視点で考える事もあります。



前に進む為にも、色々な角度から考えるようにしていますが、

やっぱり、一部の人から見たらネガティヴに見えてしまうのですね・・・。



この先も娘の命日が近くなれば夫妻関係なく、

当時の気持ちが鮮明に蘇り、苦しくなる時もあると思います。



それだけ辛い経験をしている訳ですから、私は仕方のない事だと思いますが、

そろそろ気を遣わせるのは周囲に申し訳ないので、もっと頑張って、

気を遣われないほど強くなろうと思います。



あなたにとって友達とは、どんな人のことを言いますか? [人間関係]

『読者の皆様にとっての友達とは、どんな人のことを言いますか?』





実は最近、色々あってこの事について考えていました。

すると先日、偶然にも読者の方からこのようなコメントを頂きました。

大人が友達をやめるときは、どんなときだと思いますか?



******************************************************************************

今日訳あってのネット検索の中、
はじめてブログを読ませていただいています。

私はこの友人に関する一連記事に関しては、
Aさんの行動は世間一般的なものだったのではと思いました。

出産予定のはずなのに、出産報告の連絡がない。
何かあったのか?とAさんも思っていたはず。
そんなときに、直接連絡してくる方がむしろ無神経で配慮にかけると思います。

深い悲しみの中、どう!?生まれた!?と、連絡が欲しかったのですか?
出産は命懸けだと私は知っています。

何が起こっても、何も起こらなくても、おかしくないのです。
だからこそ周りは様々な想定をし、行動しているのです。

Aさんの行動は間違いだったのでしょうか?
私はAさんの行動が幼稚なものだとは微塵も感じません。
そんなAさんを失う。なんだか、勿体ないです。

ついついこんなコメントをしてしまい申し訳ありません。

******************************************************************************

『貴重なご意見ありがとうございます!』



少し誤解があるようなので、今回は当時の気持ちをもう少し書こうと思います。

厳しいことを書いてしまうかも知れませんが、ご理解頂けると幸いです。

文章は読み手によって、捉え方が180度変わるのでホントに難しいですね・・・。



まず結論ですが、3年半を経過した今でも当時の対応には後悔はしておりません。

もちろん、他にも選択肢はあったと思います。



読者の皆様はどのように感じているのか、私には分かりませんが・・・、

私は私なりに考え、冷静に対応したつもりです。



この問題が私一人の問題なら、グッと気持ちを抑えたかも知れませんが、

命を懸けて産んでくれた妻に申し訳ないと思いました。



彼がどんな思いだったのか私には分かりませんが、

どんな事情があったにせよ、家族を傷付けた事実は変わりません。

心も体も傷付いた妻や必死に生きようとした娘に対して、私は失礼だと感じました。



私が思う世間一般的とは、

・友人の家族に不幸があったら葬儀に参列する。

・娘の四十九日を過ぎたばかりなのに、深夜に訪れ遊びに誘わない。

・直接連絡ができないのなら、情報を把握している共通の友人に連絡をする。

※元同僚は詳細を知らず、ただ伝言を頼まれたようですが、 二人のやり取りが私に伝わってきたのは、娘の死から一年後くらいでした。



人に伝言をお願いするうえで、

多少の誤解やリスクがあることを念頭に置くべきです。



また、深夜ひとりで家にいる妻を残し遊びに出掛ける夫が何処にいますか?

優しさとか配慮って何でしょうか?



私の友人なら、私だけが元気になればいいのですか?

妻の友人なら、妻だけが元気になればいいのですか?

私は友人に家族がいたら、家族単位で物事を考えます。



自分が思う優しさや配慮を一方的に押し付けていませんか?

何故?傷付いた側が気を遣わなければならないのでしょうか?



時間が経過し改めて当時を振り返ったときに、人の優しさに気が付くこともありますが、

辛く悲しいときは、考える余裕はないと思うし気にする必要はないと思います。

手を差し伸べる人間はそのことを十分に理解しているはずです・・・。



もし本当に彼が配慮ある人間であれば、この3年半の間、

何のアクションもないのは変だと思いませんか?

『つまり、そこまでの人間関係だったということです。』



本当に大切な友達なら、こんな形で疎遠にはならないでしょうし、

真の友達なら、この一件がきっかけでより一層深い関係を築けています。



当時の妻は心も体もボロボロで、精神がいつ崩壊しても不思議ではありませんでした。

夫である私が妻を支えなくてどうするのでしょうか?



子どもの死は、世間では一般的ではないです。

そして、同じ子どもの死でも、みんな同じではありません。

世間では、妊娠 ⇒ 出産 ⇒ 育児 これが一般的です。



私たちのような経験をした人は、普通とか世間一般的などの言葉は、

素直に受け入れることができない言葉だと感じています・・・。



『良薬は口に苦し』 という言葉があるように、

友人関係も時には厳しいことも言わなければならない時があります。



本当の友人とは自分を褒めたり、優しい言葉をかけてくれる友人のことですか?

自分が嫌われたくないから演じているだけではないですか?



本当に大切に思っている人は、

必要な時に厳しいことを言ってくれる人だと思っています。



私の3年半を支えてくれた友人は、当時仲が良かった彼ではありません。

記事になっている友人よりも付き合いは浅かったですが、

今の私がいるのも、その人たちのお蔭だと思っています。



この3年半で・・・、

『付き合いの長さと信頼関係は比例しないことを知りました。』



彼は彼なりに考えた行動かも知れないですし、根は優しいことは知っています。

ただ、当時の彼は空気を読むことが出来ず、

詳細を知らない友人に興味本意で聞いてしまった・・・。



これが真相です。

何も考えていなかったのです・・・。



コメントに書いてあった通り、大人なら何かあったのかな?と考えて配慮します。

そうではないから、当時の私は幼稚という表現をしたのでしょう。



だからといって、彼に対して嫌悪感や憎しみがあるわけではありません。

一家の長として、私は責任を果たしただけです。



そもそも、同じ経験をしていない彼に分かるはずがないですし、

謝罪とか優しい言葉は求めていません。

当時は、ただただそっとして置いて欲しかったですね。



時間が経って冷静に考えられるようになりましたが、気持ちは当時と変わりません。

長々と書きましたが、今回の記事も読者の皆様に伝わるか不安な点もあります。



天使パパのブログ!は始めて、少しずつライティング技術も進歩していると思いますが、

うまく伝えることが出来ていないのが現状です・・・。



まだまだ未熟者で至らない点があるとは思いますが、

向上心を持って自分にしか出来ないことは何なのか?

しっかり考えながら前に進もうと思っているので、応援よろしくお願いいたします。



p.s.
記事を書きながら何度も何度も読み返しては修正し、
やっとの思いで更新しましたが、今も尚、修正するか悩んでいます・・・。
少し熱く語ってしまったばかりに批判っぽく見えてしまうのが怖いですね。
そんなつもりはなかったのですが、不快に思う方がおりましたら申し訳ございません。



やっぱり笑顔が一番いいね。笑顔でいれば幸せになれる! [人間関係]

この数ヶ月、心の底から笑った事はなかった・・・。

家族や友人と居ても、愛想笑いをして自分の気持ちや周りに嘘をついていた。



悪意があるわけではない。

ただ、心配や変な気を遣わせたくなかっただけ・・・。

だけど、今思えば私をよく知っている人は気が付いていたと思う。



自分でも、

『今、顔引きつっているかも・・・。苦笑』



と思う時があったから、多分バレていたと思う。

『だからなのかな?』



今年に入り、まだ半月しか経っていないけど、親しい人から…、

『今年は笑って過ごせる一年にしようね!』

『今年はお互い笑顔で頑張ろう!』



と言われる・・・。

以前、職場の後輩とふざけていると、同僚のひとりが、

『さっき子どものような、すごい良い笑顔していたよ!』



と言われた事もあるし、先日退職した同僚には、

『私たちは辛い事や悲しい事があると眉間にシワを寄せて険しい顔するじゃん!

でもさ、そんな顔をしていても亡くなった娘さんは喜ばないし、

笑顔の人に人は集まるんだから、前向きに頑張って行こう。

もうさ、幸せになる要素いくらでも持っているのに勿体無いよ!』



と言われた・・・。

さり気ない一言だったけど、その時の自分には重く、

モヤモヤとしていた心の霧を吹き飛ばす、魔法のような言葉だった。



子どもを失う親の気持ちは、経験した人にしか分かるはずないって思っていたけど、

自分の見えない所で、見守ってくれている人がたくさんいると改めて感じた。

だからこそ、笑顔という一文字は自分の耳に残っているのだと思う!



『笑顔は、今年の自分にとって大切なキーワードなのかも知れない。』



男性も女性も太々しい顔より、笑顔がかわいい方が、確かに素敵に見える。

幸せになる為には、やっぱり笑顔が一番大事なんだと思う。

そんな笑顔が素敵な男性になろう!



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